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記紀・万葉コラム Vol.01日本神話の起源「古事記」編纂者ゆかりの地を訪ねて

明日香村の甘樫丘展望台からの眺め。眼下には大和三山をはじめ、飛鳥古京などの美しい風景が広がる。

日本神話の起源「古事記」編纂者ゆかりの地を訪ねて

太安萬侶の里を辿る

田原本町の多神社(?0744-33-2155)。宮司・多 忠記さんは太安萬侶の末裔だという。

第40代天武天皇は飛鳥の地で、国家体制をより盤石なものとし、またその支配の正当性を裏付けるために歴史書の編纂(へんさん)を進めたといわれています。それが「古事記(こじき・ふることぶみ)」と「日本書紀」です。中でも全3巻からなる「古事記」は日本神話の起源、日本最古の歴史書とされ、高い文学性を持った書物。その編纂作業は、飛鳥に都が置かれていた6世紀末に始められました。天武天皇は記憶力にすぐれた舎人(とねり)の稗田阿礼(ひえだのあれ)に口述を命じ、完成を目指しましたが、志半ばで崩御、存命中には未完のままでした。

奈良市此瀬町の太安萬侶墓。火葬された遺骨や墓誌などが出土。

その遺志を引き継いだ第43代元明天皇は、和銅4年(711年)、太安萬侶を編纂者に加えます。稗田阿礼が暗誦していた物語を、太安萬侶が筆記。こうして古事記は今から1300年前の和銅5年(712年)に完成、元明天皇に献上されました。

磯城郡田原本町に鎮座する多(おお)神社。その若宮の一社である「小杜(こもり)神社」に、太安萬侶は祀られています。また、昭和54年(1979年)には奈良市此瀬町の茶畑の斜面から墓が発見されました。墳墓に収められていたのは墓誌をはじめ、火葬骨や真珠など。墓は「太安萬侶墓」として昭和55年(1980年)に国の史跡に指定されています。

文才に富み、天才的文官といわれた太安萬侶。1300年を経た今、彼の偉業に想いを馳せながら、記紀ゆかりの地を巡ってみてはいかがでしょうか。

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