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記紀・万葉コラム Vol.14いにしえびとの恋と出逢いを演出した歌垣をしのぶ

海柘榴市があったとされる場所
上の写真は海柘榴市があったとされる場所。山の辺の道の陸路と大和川が交わる場所として、古代の市が開かれ、桑や橘などの神樹の下で物が交換されたといわれています。大和川(初瀬川)の対面に金屋の集落があり、背後には三輪山があります。
所在地:桜井市金屋 交通アクセス:JR三輪駅から徒歩約10分

いにしえびとの恋と出逢いを演出した歌垣をしのぶ

現代版「海柘榴市」「大和さくらい万葉まつり」で昨年、河川敷で開かれた現代版海柘榴市は、今年、街中に移動します。10月18日(日)開催(小雨決行)。お問い合わせ:大和さくらい万葉まつり実行委員会0744-42-9111(桜井市観光まちづくり課内)

古事記には、上代歌謡と呼ばれる歌が数多く記されています。言霊(ことだま)<言葉にある霊力>を信じていた古代の人々にとって歌は、大切なコミュニケーションの手段の一つでした。恋愛でも重要なポジションにあり、歌垣という男女が集まって歌を掛け合いながら、求愛する慣習がありました。

古事記下巻では、第二十三代顕宗天皇(けんぞうてんのう)が王子だった頃、歌垣で志毘臣(しびのおみ)<権力者で知られる平群臣(へぐりのおみ)の先祖>と恋争いをした物語が展開します。挑発したのは志毘臣。王子が求婚しようとしていた乙女の手を取り、「大宮の をとつ端手(はたで) 隅傾(すみかたぶ)けり」(あなたの御殿の軒の隅が傾いている)と歌い、王子に下の句を求めました。王子は、「大匠(おほたくみ) をぢなみこそ 隅傾けれ」(大工の棟梁が下手なだけだ)と応酬。歌合戦は夜通し続きます。王子が歌った「潮瀬(しほせ)の 波折(なを)りを見れば 遊び来る 鮪(しび)が鰭手(はたで)に 妻立てり見ゆ」<志毘臣を鮪に例えて、渦中の乙女は分不相応だと揶揄(やゆ)した歌>は、日本書紀にもみられます。

歌垣の舞台は、奈良県桜井市金屋にあったとされる「海柘榴市(つばいち)」で、日本最古の市と伝えられています。同市で秋に開催される「大和さくらい万葉まつり」では現代版「海柘榴市」が行われ、多くの店が立ち並び盛り上がります。日本最古の道といわれる、山の辺の道もすぐそこ。古代人で賑わった往時に想いを馳せながら、訪れてはいかがでしょうか。

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