古事記の美心記紀・万葉コラム Vol.19

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神武東征に登場する、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と邇藝速日命(にぎはやひのみこと)

神武東征は、古事記中巻に展開する。天つ神の子、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)(=神武天皇)が、高千穂の宮(宮崎県)から橿原の宮(奈良県)に入るまでの苦難と戦いの物語です。共に出発した兄の五瀬命(いつせのみこと)は、大和に入る前の戦(いくさ)において、登美能那賀須泥毘古(とみのながすねひこ)の矢で深い傷を負いました。「わたしは日の神の御子だから、日に向かって戦うのは良くない」と誓って、迂回し熊野から大和へ入ることにしました。五瀬命は和歌山市において亡くなります。「日の神の御子」は、古事記では、五瀬命であるが、日本書紀では神武となっています。熊野に入った伊波礼毘古命に、高木大神(たかきのおおかみ)(高御産巣日神の別名)が「これより奥には荒ぶる神々が多い」と仰り、八咫烏を案内として遣わされました。そうこうするうち、邇藝速日命がやってきて、天上界から伊波礼毘古命を追って降ってきたことを告げ、天つ神の子であることをあかす宝物を献上して服従しました。かくして荒ぶる神々を帰順させ、抗う者を退けて、伊波礼毘古命は橿原の宮に入り、天下を治めます。
奈良市には、神武天皇が大和平定の折に神恩感謝の祭祀を行ったというゆかりの場所に登彌(とみ)神社があり、高御産巣日神、邇藝速日命が祀られています。筒粥祭などの伝統行事も伝わるゆかしい神社へ、建国の物語を胸に訪れてはいかがでしょうか。

筒粥祭(つつかゆまつり)

2月1日、五穀や野菜の出来・不出来を筒粥の神事によって占う伝統行事で、奈良市指定文化財。神事の後で小豆粥が振る舞われます。

コラムバックナンバー

【登彌神社(とみじんじゃ)】

祭神  東本殿 高皇産霊神(たかぎむすびのかみ)、誉田別命(ほんだわけのみこと)
西本殿 神皇産霊神(かみむすびのかみ)、登美饒速日命(とみのにぎはやひのみこと)、天児屋命(あめのこやねのみこと)
神武天皇が、この地に於いて皇祖天神を祭祀された後、登美連が、先祖と天神地祇(てんじんちぎ)を祀ったのがはじまりとされています。

(問)0742-45-1117 (所)奈良市石木町648-1 (P) 20台(無料) (交)近鉄郡山駅からバス木島下車すぐ